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この間、1961年に丹下健三・都市・建築設計研究所を開設し、設計活動を始める。1949年、広島市主催の平和記念館都市計画で1等に入選。日本の伝統建築法にル・コルビュジエの表現法を組み込んだ建築を含む計画案を1951年のCIAM(近代建築国際会議)で発表、海外の建築界にデビューする。その発想の基本は、建築の全体配置から建築物に至るまで、はっきりとした構造をもち、それを明快に表現するところにある。

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1950年代は日本の建築的伝統と現代社会の要求との総合をめざし、各県や市の庁舎など地方自治体の公共建築を手がけ、香川県庁舎(1958)においては、コンクリートで構造的な合理性を表現した。1960年代には、成長する都市、東京をコミュニケーションのシステムによって捉える構造改革の必要性を強調した「東京計画1960」を提案する。

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